CR-X デルソル生誕秘話

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ホンダの名車・CR-Xの名を継ぐ3代目、CR-Xデルソル。
1992年3月から1997年8月までの約5年間、発売されました。
歴代CR-Xにに存在していたリアシートを撤廃し、
完全な2シータースポーツクーペとして、また、業界初のハードトップ・電動オープン機構を備えたスポーツカーでありました。


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CR-Xデルソル誕生までの物語

ときはバブル経済まっただ中。

CMからサイバーというニックネームを与えられ圧倒的な支持を得ていた2代目CR-Xも、モデルチェンジの時期が到来してきました。


2代目CR-X EF系 通称サイバー



しかし、CR-Xは3代目のモデルチェンジに関して、いくつかの課題を抱えていました。


当時ホンダは、兄弟車であり同じVTEC DOHCエンジンを搭載したプリモ系列にスポーツシビック があり、ベルノ系列であるCR-Xは競合を避ける必要がでてきました。


さらに重要な課題として、アメリカ市場でCR-Xがスポーツカーとしての位置づけを確立してしまい保険料が高額な車種となってしまったことで、所有するにはとても高額な車となってしまい、次に出す車は真っ当なスポーツカーから路線を外さねばなりませんでした。


これらの課題をクリアするため、開発チームは次のCR-Xを同じライトウェイトスポーツクーペとして走りを追求したものから大きく方向性を変えねばならない状況になり、コンセプトの見直しを迫られました。


そこででてきたのが、走りを少しマイルドにして、別の魅力を盛り込んで、もっとゆったり走ってもらうオープンカーはどうか、ということに方向性が決まり、
3代目CR-Xの開発がスタート致しました。

ホンダがCR-Xデルソル開発に苦悩している間も、我々は身勝手にも次のCR-Xに多大なる期待をかけていました。


CR-Xモデルチェンジの噂があちこちでささやかれ、
あちこちのカー雑誌で「次のCR-Xこそほんとうに2シーターとなるらしい」「まるでミッドシップのようなフォルム」と騒がれました。
それほど、次のCR-Xには期待が高まっていました。


そして、そのような我々の憶測とは無関係に、3代目CR-Xは、「デルソル」というサブネームが付けられ、
クーペボディでありながら電動オープンルーフをそなえ「オープンにもクーペにもなるクルマ」、
「タイムを競い合いスピードを追求するクルマではなく、ゆっくりでいいから、走ることを楽しむクルマ」、
として、1992年3月、デビューしました。


最大の特徴は、スイッチ操作のみで屋根をトランクルームの専用ホルダーに収納できる、『トランストップ』と名付けられた電動オープンルーフでした。

しかし。




「なんだこの肥え太ったCR-Xは」


ずっとCR-Xを待ち望んでいた人々は、変わり果てた、といってもいいすぎではない3代目CR-Xに、
驚きそして落胆しました。

ライトウェイトスポーツカーとはお世辞にも呼べない肥え太ったボディ。
先代より重い車重。
先代より甘いハンドリング。
先代のようなとんがったキビキビ感がない



ライトウェイトスポーツカーを待っていたCR-Xファンは、この変わり果てたCR-Xを認めたくありません。
その不人気ぶりは、デルソル発売当初、先代のサイバーCR-Xの中古相場が上がったほどのものでした。


少なくとも、CR-Xの購買層は、ゆっくりでいいから走ることを楽しむ人達ではなく、街乗りに気軽に使いたい女性でもなく、ジムカーナで、ヒルクライムで、誰よりも速く走りたい、走り屋君たちだったのです。


CR-Xデルソルをデザインした繁 浩太郎氏は、ここまでコンセプトがガラリと変わるので,CR-Xの冠は付けたくなかった と、言っています。



総生産台数、わずか16,500台

CR-Xデルソルは、デビュー当時はありとあらゆるカー雑誌で酷評され、
そして何ヶ月か経過すると次第に話題にすらもあがらなくなりました。


実際その不人気ぶりは販売台数に比例し、国内ではほとんど売れませんでした。
というより、相手にされなかった、という表現のほうが的を得ているでしょうか。
この16500台という数字、トヨタ・カローラなら1ヶ月で売りさばく数字です。


1995年にマイナーチェンジしましたが、それは販売強化のテコ入れというよりも、生産時に使う部品点数を減らしコストを下げた感がありました。


そして、世の中ではミニバンが栄え出し、スポーツカーが売れなくなり出した1997年8月を最後に、CR-Xデルソルの発売はひっそりと終了しました。同時に、CR-Xという車名がホンダから消えることとなりました。


販売終了後もデルソルの風当たりは悪く、ホンダからCR-Xの名が消えたのはデルソルのせいだ、とまで言われました。




ところが、海外では人気が高く、
USAでは総計70000台のセールス記録があります。



アクセサリライトが撤廃され2灯となった後期型CR-Xデルソル





そして20年の歳月が経ちました。 (2016年現在)


ただでさえ販売台数の少ないCR-Xデルソル、21世紀になった現在その現存数は絶滅寸前に等しく、町中ではまず見かけることがなくなりました。
懐古系自動車雑誌にも、ホンダ専門の雑誌にも姿をみることはほとんどありません。



しかし、


マイナーなものほど、熱烈な愛好家がいるのは、クルマも同じ。
CR-Xデルソルにも、熱烈愛好家は日本にも海外にもたくさんいます。
私も、そのひとりです。



黒歴史とか、なかったことにしたいクルマとか、散々今でもいわれているデルソルですが、開発陣はハードルーフを格納する方法を本気で開発し、デルソルを通じて’ホンダ’を示したかった、常に一石を投じたい気持ちを形にした、そんなクルマでもあります。



参考資料:
HONDA STYLE vol.66 「Happy 20th anniversary CR-X del sol '挑戦'が生んだ美しき異端児」
国産名車コレクションvol159


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My CR-X delSol


E-EJ4  グレード VGi (後期型)
ボディカラー:サイプレス・グリーンパール
1995年11月初年度登録・ワンオーナー
走行距離365,000km over
Manual transmission
Manual roof
グリーン化税制による15%増税対象車(2016年現在)


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